逆耳順耳(電子版第23回)

矢吹 晋
(21世紀中国総研ディレクター、横浜市立大学名誉教授)


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電子礫・蒼蒼
第27号 2008.11.17   
[注]蒼蒼社版『蒼蒼』からの連載です。蒼蒼社版の「逆耳順耳」は蒼蒼社のホームページで読めます。 蒼蒼 目次へ >>


映画「戦場のレクエイム」


 
 
写真 映画「戦場のレクイエム」より
「戦場のレクイエム」公式サイトより
  
 2009年新春第2弾のロードショーとして映画「戦場のレクエイム」が日比谷シャンテシネ等で公開される。私はたまたまこの映画の輸入会社から依頼されて、以下のような映画紹介の短文を書いた。――御用とお急ぎでない方に、この映画をお勧めしたい。
 映画「戦場のレクエイム」は、画期的な物語だ。数多くの抗日戦争を闘った「集団的 英雄譚」とはまるで対照的に、「個人のドラマ」に焦点を絞るのは初めての企画であろう。舞台は抗日戦争が終わり、続く解放戦争期の最終段階(すなわち「淮海戦 役」)における人間ドラマだ。連隊という「大の虫」を活かすために、中隊という「小の虫」を犠牲にするケースは、厳しい戦闘の場ではしばしば見られるが、この映画も主題はこれだ。ただし、このような形で犠牲となり、全滅した中隊が「烈士として讃えられる」のがよく見られるケースだが、この映画の中隊はなぜか「失踪者」として扱われた。戦士として最も不名誉な戦線逃亡者であり、勲章はもらえないし、軍人恩給ももらえない。これでは無駄死にではないか。壮絶な戦闘でただ一人生き残った中隊長は、自らと仲間の名誉のために、さまざまな困難と戦いながら、戦闘の過程で隠された真実をついに探り当てる。
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 その背景を見ると、1945年8月に日本はポツダム宣言を受けいれて無条件降伏し1937年7月7日蘆溝橋事変に始まった日中8年戦争は終わった(これは、1931年9月の満洲事変から数えて「15年戦争」とする呼称も行われている)。日本侵略軍との闘いを「国共合作」によって進めていた毛沢東率いる人民解放軍(共産党軍)と、蒋介石率いる国民党軍----二つの武装勢力は最後の決戦を始めた。1946年6月に始まり、1949年10月の中華人民共和国成立前夜まで続いた3年余の決戦が現代中国史で著名な「国共内戦」である(ちなみに、創設期の共産党は先に生まれていた国民党と「国共合作」して革命を進めるが、1927~36年は合作が破れて「国共内戦」を行い、日中戦争が始まると再度「国共合作」を行う。合作は1946年6月、最後の内戦が勃発するまで続いていた)。
 この「国共内戦」は、(1)遼瀋戦役(1948年9~11月)、(2)淮海戦役(48年11月~49年1月)、(3)平津戦役(48年11月~49年1月)、という三つの戦役から成る。(1)遼瀋戦役では、林彪将軍の率いる東北野戦軍が長春・瀋陽の国民党軍(50万)を包囲・殲滅した。この勝利によって共産党軍は東北地区(旧満洲国)を解放した。勢いに乗る共産軍は、次いで(2)淮海戦役に挑む。淮海とは、華北から華東一帯の「淮河・海河」周辺を指すが、その戦略的核心は徐州であり、そこに布陣した国民党軍(80万)である。この65日間にわたる戦役の司令官は劉伯承で、鄧小平は前敵委員会書記として、戦役全体の前線指揮をとった。これが俗称・劉鄧大軍(60万)、のちの第二野戦軍である。
 (3)最後の「平津戦役」は、東北野戦軍が南下して天津を解放し、北京を守備していた溥作義将軍を説得して無血開城させたもの。いわば国民党部隊への最後の一撃だ。
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 中国革命は武装革命として展開されたので、1927年に毛沢東らが農村に根拠地を樹立して以来、1949年の革命勝利まで、一貫してゲリラ戦争が堅持されたが、戦闘規模と歴史的意義に即してみると、淮海戦役が最も重要だ。人民解放軍と国民党軍との最後にして最大の戦いがここで展開された。これまで革命戦争史は大いに語られ、「抗日戦争勝利50周年」を祝って以来、英雄的な戦争物語はとりわけ声高に語られることが多かった。
 しかしながら、戦争というものは、たとえ「正義の戦争」であったとしても、所詮は人間と人間の殺し合いにほかならず、そこには、さまざまの悲劇が秘められている。これらの悲喜劇は、「偉大な解放戦争」における「小さな泡沫」であるかのごとく、まったく無視されてきたが、当事者にとっては、忘れようとしても忘れられない。あえていえば一種のトラウマとして彼らを悩ませてきたものだ。
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 中華人民共和国は来年建国60周年を祝う。その前夜に当たり、動乱のなかに人間の真実を追及する俊英監督が、「勝利の美名のもとに隠されてきた、あまりにも非条理な軍内の官僚主義」をついに抉りだしたことは、中国映画史に残る快挙ではないかと私は思う。
 日本では池谷薫監督が秀作「蟻の兵隊」で、日本軍降伏後も軍令により山西省に残留 させられた兵士の悲劇を描ききって深い感動を与えた。
NHKスペシャルがフィリピン・レイテ島の悲劇を描いたのは、実に今年の8月15日のことだ(日本軍戦死者8万人のうち、過半数が餓死によるものであったことはかねて知られていたが、セブ島に逃れた750人の生き残り兵士の証言は初めてだ。その一人は、いまだに戦友の遺族と対面できないほど深い傷を心に抱えていた)。
 もう一度繰り返すが、映画「戦場のレクエイム」は、画期的だ。北京オリンピックが成功して、中国の人々はようやく落ち着きを取り戻しつつある。馮小剛監督はこの時代風潮の最先端を見事に切り取った。劉震雲著『温故1942』は、小説で抗日戦争のある断面に肉薄したが、馮小剛は解放戦争の真実をスクリーンに描いた。ここにはもはや「東洋鬼子」は登場しない。舞台は国共内戦であり、朝鮮戦争だ。小説『温故1942』も映画『戦場のレクエイム』も、同じ傾向性をもつ。いずれも中国社会の成熟を示唆すると私は読む。
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