竹内 実先生を追悼する


 今年の7月半ばに入ってから、私は竹内先生からの葉書のお便りが届くのを心待ちにしておりました。もう届いてもいい筈なのに‥‥どうしてなのだろう、と実は不思議に思っておりました。竹内実先生が7月30日に逝去されたとの8月1日付けの新聞報道に接し、絶句せざるを得ませんでした。そうだったのか。私が6月22日に出来上がったばかりの拙著『日中領土問題の起源 公文書が語る不都合な真実』を逸早く竹内先生に読んでいただこうとお送りした時、先生は今生における最後の闘いを展開されていたのだ、と思い至りました。
 早速、竹内先生逝去の知らせを揚州大学の周一平教授にお伝えしたところ、彼が苦労して書き上げた『日本版「毛沢東集」「毛沢東集補巻」校勘与研究』がようやく刊行の運びとなったのですが、7月上旬刊行予定が、印刷の仕上がりが悪かったため、刷り直しをせざるをえず9月上旬刊行に延期されてしまったとのこと。竹内先生が序文を書いてくださった著作を生前に差し上げることができなかったことを、周教授はいたく悔やんでおります。私もまったく同感です。
 私と竹内先生との交流は1983年に『毛沢東集補巻』の編纂刊行事業が始まった時からです。私は竹内先生が監修者となった毛沢東文献資料研究会のメンバーではありませんでしたが、私自身が毛沢東の研究をしているため、この補巻刊行途中から編纂事業に加わるようになりました。その過程で竹内先生と関係を持つようになったわけですが、実際には出版元の蒼蒼社の中村公省さん経由でのお付き合いという程度で、直接お目にかかる機会はあまり多くありませんでした。
 その後も特別深いお付き合いをしたことはありませんが、私なりの研究成果が出た場合には、竹内先生の目に触れていただきたい、と思ってお送りすることを心がけてきました。するとほとんどの場合、一枚の葉書に、万年筆の太い筆先で簡潔明瞭なご意見を開陳してくださり、私はそれを拝読するのをとても楽しみにしておりました。今回もいの一番に拙著を竹内先生にお送りしたのも、竹内先生ならどのように評価してくださるのかを知りたく、お葉書が届くかを心待ちにしておりました。もはやそれが永遠に不可能なことであることを知り、実に悲しく、寂しい思いがいたします。
 中国の毛沢東研究で著名な龔育之先生(もと中共中央党校副校長)は竹内先生が編纂された『毛沢東集』を大変高く評価しており、私は彼と毛沢東研究のあり方について、率直な意見交換をしたことがあります。その龔育之先生は2007年6月にこの世を去り、いままた竹内実先生が旅立たれました。
 広くて深い学識に裏打ちされた、誠実さ、着実さを持ちつつ、常に温かな眼差しで日本と中国との心のこもった交流を願い、相互理解のための架け橋になろうと努力された竹内実先生。残されたわれわれはその精神に学び、受け継ぎ、実事求是の学問を発展させていくことが大切であると思っております。
 竹内先生、どうもありがとうございました。心から先生のご冥福をお祈り申し上げます。

2013年8月23日
村田忠禧 (横浜国立大学名誉教授)
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