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XZの  日中メディア批評  第8号
          
.2007.12.22発行

中国人はホウレンソウを食べないのか

  雑誌は新聞、テレビなどと並ぶ主要メディアの一つだ。日々発生するニュースの処理に追われ、報道が紋切り型になりがちな日刊紙や放送局と比べて、独自の切り口を重視する傾向が強く、貴重な情報を提供してくれる。中国もしくは日中関係に関しても、雑誌には個性的な報道が多い。ただ、独自性や個性もあくまで事実が前提であり、そうでなければ、報道は客観性を欠くことになる。
◆大連の在留邦人10万人説
 「諸君」11月号は「中華スパイラル経済が世界を呑み込む」という特集を組み、その中に「中国産“毒菜”がいやなら、もう日本人は飢えて死ぬしかない」と題する論文がある。同論文は「中国人はホウレンソウを食べない」としている。
 中国人が食べないホウレンソウを日本の業者が中国に持ち込み、大量の農薬を使って、これを栽培した結果、残留農薬が基準値をはるかに上回るホウレンソウが日本に輸入されるようになったという。
 しかし、中国の国語辞典でホウレンソウを意味する「菠菜」(bocai)を引くと、「普通蔬菜」、つまり、「普通の野菜」とされている。野菜は当然、食用だ(と言うより、食用だから、野菜と呼ぶ)。ホウレンソウを使った中華料理があるが、これらはすべて外国人向けなのだろうか。
 同じ特集の中の「中国企業の貪欲すぎる『技術喰い』」には「中国・大連市に居住する日本人退職者・技能者は10万人にも達する」という記述が見られる。驚くべき数字である。日本外務省の公式統計によると、昨年10月の時点で大連の在留邦人数(在外公館が把握している数)は4020人。実態は約10万人とすると、登録人数の25倍もの日本人がいることになる。
 ちなみに、公式統計では、中国全体の在留邦人数は同月の時点で12万5417人。世界の都市別トップ3は(1)ニューヨーク 6万1364人(2)ロサンゼルス 5万9220人(3)上海 4万3990人。これらの数字を見ると、1都市で10万人という数がいかに大きいかが分かる。
 なお、中国共産党機関紙「人民日報」のウェブサイトである「人民網」の日本語版が今年8月6日に掲載した記事「大連市、定年退職後の日本人専門家を大量導入」では「中国で働く外国人技術者と専門家は年間累計約34万人、うち10万人は日本人で、定年退職後の専門家がかなりの数を占める」とされている。この数字は大連ではなく、全国のものである。
◆誤字満載の論文も
 固有名詞の誤りが多過ぎるのも困る。「正論」12月号の「共産党大会で胡錦濤の後継に躍り出た男の正体」には次のような名前が出てくる。
 曾剛川 全人慶 陳丙徳 羅干 愈正声 愈啓威 汎謹 張愛坪 桃依林
 いずれも著名人であり、正しくは以下のように書く。
 曹剛川 金人慶 陳炳徳 羅幹 兪正声 兪啓威 范瑾 張愛萍 姚依林
 さらに、中国軍の「総参謀部長」は「総参謀長」の誤り。中央軍事委員会の「副主任」は、実際には「副主席」と称する。これでは、まるで間違い探しゲームだ。
 また、「SAPIO」新年号(12月26日・1月4日付)の「李克強vs習近平の次世代リーダー争いは胡錦濤vs江沢民の『代理戦争』である」の文中の「元常務委員の習仲勲」は「元政治局員」の誤り。「序列3位の賈慶林」は、正確には「序列4位」である。
 さらに、「江沢民が国家主席に就任したとき、鄧小平は中央軍事委員会主席の座を明け渡さなかった」とあるが、江が国家主席になったのは1993年であり、既に党中央軍事委主席と国家中央軍事委主席のポストに就いていた。
 この論文は「中国共産党は5年前に、政治局常務委員の定年を70歳と定めた」「総書記は2期10年務めるのが暗黙の了解なので、5年後の共産党大会で総書記に選出されるには、現時点で55歳以下でなければならない」としている。しかし、70歳定年制の導入は5年前ではなく、10年前の第15回党大会だ。これは政治局常務委員ではなく、中央委員の定年制だった(もちろん、中央委員でなければ、政治局常務委員にはなれない)。同大会後に江沢民が竹下登(元首相)との会談で説明しており、間違いない。江は竹下に対し、「6月末の時点で70歳を超えている者は中央委員になれない」という内規が適用されたと語っている。
 2002年の第16回大会では、68歳の李瑞環が政治局常務委員を退任し、67歳の羅幹が同常務委員に昇格した。先の第17回大会でも、68歳の曽慶紅は常務委員を辞めたが、67歳の賈慶林は留任した。つまり、中央委員・政治局員・政治局常務委員になれる最高年齢は、第15回大会で70歳、第16回と第17回大会では67歳だった。
 「67歳まで」の規定が2012年の第18回大会でも適用され、かつ2期10年務めるのが前提とされた場合、次の総書記は現時点で、55歳以下ではなく、57歳以下でなければならないということになる。今57歳であれば、総書記就任時に62歳、17年の第19回大会になっても67歳で、再選が可能である。
◆扱い難しい当事者の証言
  ネタの「調理」が不十分で、読者の誤解を招くのではないかと思われるケースもある。
 「文藝春秋」12月号の「角栄・周恩来会談 最後の証言」は、1972年9月の田中角栄訪中で中国側通訳の一人だった周斌氏(当時外務省職員)とのインタビューで、面白いエピソードが紹介されている。ただ、周氏の話には、既に公開されている公式文書の内容と食い違う部分もある。
 「(田中訪中時の)一連の会談の中で、日米安保についての議論はなかったのですか」との質問に対し、周斌氏は「1度も議論されていません」と答えている。だが、情報公開法に基づいて開示された日本外務省の記録によると、周恩来首相は田中との第2回会談で次のように述べている。
 「日米安保条約問題について言えば、わたしたちが台湾を武力で解放することはないと思う。(台湾防衛の方針を確認した)69年の佐藤(栄作首相)・ニクソン(米大統領)共同声明は、あなた方には責任はない」
 「われわれは日米安保条約に不満を持っている。しかし、同条約はそのまま続ければよい。国交正常化に際しては、同条約に触れる必要はない。われわれは米国を困らせるつもりはない」
 これに対して、田中は「大筋において、周総理の話はよく理解できる」と応じた。
 周は第3回会談でも「日米安保条約には不平等性がある。しかし、すぐに廃棄できないことはよく分かっている」と発言している。つまり、周と田中は一連の会談で、日米安保の問題を取り上げた上で、これを日中国交正常化の障害にはしないことで一致したのだ。
 田中・毛沢東会談(日本外務省は「記録は残っていない」としている)に関しても、周斌氏は、「儀礼的なもの」で政治的な話は一切なかったと語った(ただし、同氏は会談に出ていない)。確かに、田中に同行した当時の二階堂進官房長官も、記者団にそう説明していた。
 しかし、中国外務省と共産党中央文献研究室が編集した「毛沢東外交文選」(94年)に掲載された会談記録(一部)には、以下のような毛の発言が収録されている。
 「あなた方がこうして北京に来て、全世界が戦々恐々としている。主にソ連と米国、この二つの大国だ。あなた方がこそこそ何をしているのだろうと思って、彼らはあまり安心していない」
 「彼ら(ニクソンら)は今年2月に(中国に)来たが、国交はまだ結んでない。あなた方は彼らの前に走り出た。(ニクソンらは)心中、あまり気分が良くないだろう」
 「われわれがもっぱら(外国の)右派と結託していると非難する人もいる。(しかし)日本でも、野党が解決できない問題、中日復交問題はやはり自民党の政府に頼るとわたしは言っている」
 毛沢東は大国外交について論じていた。しかも、かなり生々しい話であり、田中・毛沢東会談が全く政治抜きだったとは言い難い。
 当事者の証言は貴重だが、証言者にも記憶違いはあり得るし、立場上言えないこともある。読者に正確な情報を届けるには、取材者や編集者による適切な注釈・解説が必要であろう。(ジャーナリストXZ)
  
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