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XZの  日中メディア批評  第11号
          
.2009.10.03発行

金正雲氏は訪中しなかったのか?

 6月半ば、朝日新聞が独自情報を基に「北朝鮮の金正日労働党総書記の三男、金正雲氏がひそかに訪中した」と報道した。その後、ほかの日本各紙が「中国外務省スポークスマンは否定」などと伝えたことから、多くの新聞読者は「朝日の誤報だった」と思っているかもしれないが、果たしてそうであろうか。
◆明確でない中国外務省の回答
 朝日の報道(6月16日)は北京発。主な内容は(1)正雲氏が6月10日ごろから中国を訪れ、17日までに帰国した(2)胡錦濤国家主席と会談した(3)金総書記の後継者に内定し、党組織指導部長に就任したことを中国側に伝えた(4)北朝鮮の核問題も話し合った(5)北京だけでなく、深圳、広州(いずれも広東省)、上海、大連(遼寧省)も訪問した(6)胡主席との会談には金総書記の長男、正男氏が紹介者として同席した―というものだ。
 この報道について、中国外務省スポークスマンは同月16日の記者会見で「われわれはそのような状況は承知していない」と答えた。さらに、18日には「関係メディア(朝日)の報道したような状況は存在しない」「最近の関係メディアの幾つかの報道は読んでみると、007の小説のようだ」とやゆした。
 スポークスマンのこれらの回答が「中国外務省は金正雲氏訪中説を否定した」と報じられたのだが、それは正確ではない。このような回答では、朝日の報道の(1)から(6)までを全面否定したのか、(1)は正しいが、(2)から(6)の一部もしくは全部が間違っているのかが明確ではない。例えば、正雲氏は中国に来たが、胡主席には会っていないし、北京以外は訪れていないということかもしれないのだ。
 朝日の報道には「続報」もあった。6月28日の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)である。この報道は(1)正雲氏が6月10~17日に高級軍事代表団の一員として中国を訪れた(2)習近平国家副主席や江沢民前国家主席と会談した(3)金総書記から正雲氏への権力移譲が順調に進行していることを示すのが目的だった(4)北朝鮮の核問題や中国から北朝鮮への経済援助も話し合った(5)北京だけでなく、広州、上海、大連も訪問した(6)国防委員会の趙明禄第1副委員長と張成沢委員(金総書記の義弟)が同行した-としている。
◆当事者の党対外連絡部はノーコメント
 注意しなければならないのは、朝日の報道が事実とすれば、正雲氏の訪中は党間交流なので、中国側の当事者は外務省ではなく、共産党中央対外連絡部(中連部)だという点だ。また、FTが正しい場合、当事者は中央軍事委員会で、その対外窓口は国防省となる(同省にもスポークスマンがいる)。
 ところが、中連部も国防省も、この件に関しては何のコメントも出していない。両機関は外務省と違い、頻繁に記者会見を開いているわけではないが、北京の外国メディア各社は電話で質問しているはずだ。いまだにコメントが報じられていないところをみると、両機関は回答を避けているのだろう。
 また、中国内外のメディア関係者の話では、中国外務省や中連部の当局者たちは非公式の問い合わせに対し、いずれも「言えない」「よく分からない」などと答えている。「朝日の報道はおかしい」と言う当局者もいるが、何がおかしいのかには言及していない。
◆「八つ当たり」の背景
 朝日とFTの報道には情報源の政治的思惑も絡んでいると思われる。まず、正雲氏の後継者としての地位を早く固める狙いがあったのは間違いない。さらに、朝日の報道には正男氏、FTの報道には張国防委員が登場しており、正雲氏への権力継承に関与していることを宣伝する形になっている。
 また、FTは、軍事代表団の一員として訪中した正雲氏が胡主席と会談したかどうかは分からないが、習副主席や江前主席には会ったとしている。現軍事委主席については、はっきりしないのに、軍事委の現首脳ではない二人との会談が確認できるのは不思議なことで、情報源の中に江沢民派がいた可能性が大きい。江氏は今でも影響力を保っており、同氏が押す習氏は次期最高指導者の座が既に確定していると示唆したかったとみられる。
 一方、中国外務省スポークスマンの論評は過度に感情的で不自然だ。中国は1990年代前半以来、核問題で北朝鮮に散々振り回され、顔に泥を塗られてきた。よくここまで我慢できるものだと感心するが、実際には中国外務省の関係当局者たちは内心、金正日体制に対して、かなりの嫌悪感を持っているようだ。
 中国は北朝鮮と同じ社会主義体制の友好国であると同時に、同国の核問題をめぐる6カ国協議の議長国を務める。協議推進に努力しているが、当の北朝鮮は核実験を強行したり、弾道ミサイル発射実験を実施したりと自分勝手で言うことを聞かない。その一方で、日米などからは「中国は裏で北朝鮮と通じているのではないか」「まじめに北朝鮮を説得していないのではないか」と疑われ、立つ瀬がない。
 中国側で矢面に立つのは共産党や軍ではなく、外務省である。同省にとって、昔風の中朝秘密接触(特に党間交流)は外部の疑念を増すだけで、迷惑でしかない。こうした事情からくる不満が朝日などの報道に対する「八つ当たり」的対応につながったと思われる。
◆正雲氏支持派の動きにブレーキか
 「金正雲後継」報道は7月以後も続いたが、9月に入ると、否定情報が流れ出した。共同通信は10日、北朝鮮最高人民会議の金永南常任委員長と会見。正雲氏が金総書記の後継者に内定したとの報道について、同委員長は「革命伝統を継承する問題は重要だが、これに継承者(後継者)問題は関係していない」「現時点では論議されていない」と述べた。
 また、NHKは23日、韓国の消息筋の話として、正雲氏が7月ごろ、勝手に軍の人事に介入して父の怒りを買ったため、正雲氏をたたえる宣伝活動が大幅に減ったと報じた。
 この数カ月の一連の情報から、次のような流れがあったと推測できる。
 金総書記の健康状態が悪化してから、正雲氏を次の最高指導者に推す動きが出てきた。正雲氏支持派は同氏をもり立てる情報を(誇張も交えて)流すなど「後継者=正雲氏」の既成事実化を急いだ。ところが、金総書記は健康を回復。正雲氏支持派の性急な動きを警戒して、ブレーキを掛けた。その原因の一つが正雲氏訪中の報道だった。
 また、こうした政局の変化は、8月初めにクリントン元米大統領の訪問を受け入れ、拘束していた米テレビ記者を解放するなど、北朝鮮が対外的に柔軟な姿勢を示し始めたことに関係している可能性もある。
  (ジャーナリストXZ)
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